魔女の庭のマーレ

心を軽くするブログ

大人だけど。大人だから。

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はい、こんばんは。

はい、こんばんは。

ぶっちゃけますが書けなくなってました。

恐ろしいほどに長く感じられたトンネルの終わりが見えてきた気がするので、何事もなかったかのようにパソコンに向かっております。(たぶん、あの人やあの人やあの人にも心配をかけてしまっているんだろうな~ごめんね)

なんでトンネルから抜け出せそうな気がしたのか。

きっかけと言って思いつくのはアレしかないです。

本当に些細なこと。

 

 

私ね今、歯科治療に通っているのですが。

最新の設備で整えられた大きくて新しい病院でも、ネットの検索で常に上位に挙がってくるバリバリ宣伝されてる病院でもない、こじんまりした町の歯医者さんって感じのところなんですよね。

何年も前に書かれた、口コミ記事を読んで、行ってみようかなあって気になったの。

今ではどんなことが書いてあったのかも思い出せないほどありふれた口コミだったのにね、なぜだか気になって。

で、どうだったかと言うと、相性もあるんだろうけど、私にとっては大当たり。

やはり41年間研ぎ澄ましてきた野生の勘は伊達ではなかったわ。

 

 

昨日も治療に行ってきたのですけど。

いつもならそれほど痛みを感じないタイプなのですが、その日に限って疲れが溜まっていたのか、なぜか処置が痛くて。

「ぐぬぅ」って感じで、思わず変な声が出るくらい。

 そしたらその時ね、先生がまるで小さな子供にするみたいにほっぺたに指を添えて、『よしよし、よく頑張った。もう大丈夫。終わったよ。』って優しくまあるく撫でてくれたんですね。

 

 

 

染みました。

泣きました。

痛みのおかげで涙が出ててもそれほど怪しまれなかったので概ね良し。

不思議と本当に痛みも和らいだ。

しんどい気持ちもすごく楽になった。

もう終わったよって、先生は治療とか痛みのことを言ったんだろうけど、その時の私の心の弱ってる部分にすごい効いた。

そしてやっぱり、手からは思いやりとか労りみたいな本当の気持ちが伝わるんだなあって思った。

 

 

というわけで、一見健康な大人にもスキンシップと優しい言葉が必要だってことに改めて気づいたキャリア20年超のポンコツナースでした。

だからつらい時は言ってくださいね。

私がヨシヨシしてあげましょう。(いらないとか言わない)

 

 

 

あ、患者が急増すると 私が 困るのでどこの何ていう先生かは書きません。

代わりにヒントと言っては何ですが、写真は件の歯科の玄関先で咲いてたオキザリスです。

可愛い花でしょ。

 

 

 

幸せの塊

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梅雨明けました。

なんとかキノコを生やすことなく乗り越えました。

いやホント、同じ暑いなら湿気がないほうがずっと過ごしやすいですね。

 

 

突然ですが、皆さんには『よく言われるフレーズ』ってありますか?

私はね

あなたが食べていると何でも美味しそうに見えるとか

あなたが注文した物のほうが美味しそうに見えるとか

ごはんを作る前からもう美味しそうなんてずるいですとか

カレーは飲み物なんでしょ?とか

 

 

もういいよ本当。

 

 

しかもスーパーで買い物すると高確率で

お運びします! ってめっちゃいい笑顔で言われます。

今まで働いてきたどの病院でも 

予定日はいつですか? って一片の曇りもない笑顔でたずねられます。

こないだついに今の病院でも言われちゃったよ。

…あれ? おかしいな、涙で視界が。

 

 

今までは、体型で判断するなしってやさぐれてたんですけど。

もしかしたら、それだけじゃないかもしれないなって思うようになったんですよね。

 

 

知ってますか?

妊婦さんが幸せそうに見える理由。

お母さんのオーラと赤ちゃんのオーラがくっついて、ひときわ輝いて見えるからって話。

じゃあさ、こんなに妊婦に間違われるってことは、体型もさることながら、私一人の生きるエネルギーが大きいってことなんじゃないの?って。

だから幸せそうに見えるし、ごはんも美味しそうに見える。

これはきっと名誉なことなのだわ。

ただのデブじゃないってことだわ。(自己肯定終了)

 

 

妊娠してるかどうかなんデリケートな話題だしあんまり口にしないでしょ。

それをみんなして、なんの迷いも屈託もなく、ものすごいキラキラした笑顔で聞いてくるもんだから、むしろ『あっなんか自腹でスミマセン』って気持ちになる。

期待を裏切っちゃってごめんね! みたいな。

 

 

なのでここで皆様に言いたいのは。

妊娠してません。

妊娠する予定もありません。(おい)

ちょっと人より幸せのエネルギー値が高いだけです。

ちょっと人より幸せのエネルギー値が高いだけです。

 

 

大事なことなので二回言いました。

では!

 

 

猫も杓子も

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蓮も睡蓮も仏様を連想させる花ですね。

写真は我が家のベランダで咲いた、熱帯性スイレンです。

あまりわからないけど、花びらの先が淡いブルーで神がかった美しさ。

正午までに閉じてしまう花は、とても良い匂いがします。

 

こんばんは。

先日、ある人にこう聞かれました。

本気で死にたいと思ったことはありますか?

本気で人を殺したいと思ったことはありますか?

と。

 

 答えがどうであったかはさておき、私は一つの歌を思い出していました。

生まれては 死ぬなりけり おしなべて

釈迦も達磨も 猫も杓子も

 かの有名な、一休宗純の歌です。

 

命あるものいつかは死ぬ。

この歌からは だから今を全力で生きよう とかいう大げさなものを全く感じなくて、死を 当たり前の真理 として扱う潔さを感じます。

つうか室町時代から猫も杓子もって言葉があったのね。

死に無頓着なのも、死に拘りすぎるのもみっともない。

だからかつての私はみっともなかった。

それが質問の答えかな。

 

だけど、『死』というのは、この世のあらゆる表現者にとって抗いがたい魅力をもったテーマでもあるのよね。

そして仏教用語である四苦(八苦)のうちの一つの大きな苦でもある。

生と死と病と老い。

苦っていうのは、苦しみじゃなくてままならないこと。

自分の力ではどうにもならないこと。

今の私が望むのは、生も死も、病むことも老いることも、愛も憎しみも、あるがままを受け止められる大きな人間になることでしょうか。

なれるかな。

 

 

といことで、かつて3歳児だった頃の息子が放った

お母さんの背中 広ーい(*'▽')

という邪気の無い言葉の矢から解き放たれて、大きく生きてまいりたいと思います。

 

 

 

今日のブログは短いね。

次はがんばるー。

 

灯りをともす夜

こんばんは。

wi-fi環境がようやく整いましたことを、ここにご報告申し上げます。

書かなきゃなんねーことが沢山ありすぎて消化不良気味です。

うん、まずこれだけは伝えないといけないのは、止まっているように見える私でも確実に前進していますよってこと。

 

 

実は私の本当にやりたいことって、『植物を売買すること』じゃあないんですよ。

そのあたりのことが、これまでは今ひとつ理解できていなくて、ずいぶん迷走してきました。

自分で考えるだけでは見えないようになっているのか何なのかわからないけども、いろいろな人と出会って思いを語りあって気づくことがたくさんあった。

気づくとそれは本当にシンプルだった。

 

 

庭はアート

植物は画材

 

 

私が植物を使って作り出す世界を、どうぞ存分に自由に感じてくださいという思い。

かつて絵を描くことを諦めた私は小さくなって消えたと思っていたのに、ずうーっとずうーっと奥のほうでひっそりと生息していたみたいです。

言葉にするとかなり陳腐だけど、結局私は『表現者』でありたくて、その手段の一つが植物だったというわけですね。

そして私自身が美しいものに囲まれて生きていたいという、我儘なそれでいて純粋な欲求にずっとずっと昔から突き動かされ続けているんだな。

 

 

私と同じく抽象の世界への鍵を持った友人とともに、ある試みに挑もうとしています。

挑むと言っても、私たちはふたりとも方向は違えど、とても曖昧な感覚の持ち主。

やってみて「違うなあ」と思ったらすぐ辞めるだろうし、「いい感じやん?」と思ったら続けてみる…というお約束。

超ゆるゆるな2人の世界を楽しんでいただけたらなあと思っています。

 

 

さ、前置きが長くなましたが、結局のところ何がしたいのかというとですね。

月イチくらいでBARを開いちゃおっかってこと。

記念すべき初回の日程はおそらく8月最終週の土曜の夜。(もしくは9月最初の土曜)

あまりにも不評なら一夜限りとなりますので、都合のつく方は是非にお越しくださいませ。

 

 

もう場所は決めてあるんです。

香川県三豊市仁尾町仁尾丁307 レンタルスペース・平石堂

19:00~23:00 (ラストオーダー22:30)

素敵ですよ。

 

※現在は活動を休止しています

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恋とか愛とか

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こんばんは。

一週間過ぎ振りのブログです。

実はまだWi-Fiが使えません…不便!

この一週間は何をして過ごしていたかというと。

読書に明け暮れていたというより他ありません。

あー読んだ読んだ。

夏休みの高校生かよってくらい読んだ。

漫画も好きなんですけど、映像を脳内で作り上げる作業がある分、やはり活字が一番脳を使う気がします。

その中でも特に好きな小説ってのには、私の場合なんだか法則があるみたいなんです。

 

 

1.とても美味しそうな食べ物の描写が出てくる

2.時代小説

3.露骨な性描写が出てこない

この三つが備わっていると完璧。

 

 

というわけでいきなりおすすめするのが、高田郁 著の『みをつくし料理帖』。

恋愛だけじゃなく、っていうかむしろ恋愛部分はおまけみたいなもんで、友情や人情や人と人とのつながりを、唾が出てきそうな料理の数々とともに描かれている名作です。

このシリーズは最初から完結までずう~~~っと楽しみに読んでいて、完結してからしばらくは放心状態だったという。

 

 

もちろん正常な女子としては、恋愛のエッセンスを感じる小説は大好物です。

とくに時代小説で描かれる恋愛の独特の奥ゆかしさがたまりませんのじゃ。

何というかこう…何でもかんでも簡単に性愛に結び付く現代の恋愛とは違って、本当に好きな人となら手が触れ合うだけでも胸が痛いくらい幸せ…っていうあの世界

…もうやだ!

書いててかゆくなってきたので逃げよう。

40代独身女の文章としてどうかと思う!!!

いやホントどうかと思う!!!!!

 

 

ふー恥ずかしかったのでちょっと顔洗って出直してきました。

でもね? ゲーテ先生もこのように言ってますから。

二十代の恋は幻想である。

三十代の恋は浮気である。

人は四十代に達して、初めて真のプラトニックな恋愛を知る。

 ってね。

キタコレ名言っしょ。

 

 

いろいろあった。

いろいろあったからこそ原点に回帰するんだろうね。

そこにはいい意味での諦めや怖れが少しだけ混じってるかもしれない。

と、いうわけで。

現実から逃避して物語の中の純愛に身もだえながら変態度を増していく私なのでありました。

 

 

 

 

あかねさす

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こんばんは。

昔から和歌が好きでね。

俳句は研ぎ澄まされてる感じだけれど、和歌は感情を乗せやすいっていうか、情緒があるんだよね。

生まれてはじめて美しいと思ったのは額田王(ぬかたのおおきみ)という人の詠んだ歌でした。

 

 

あかねさす

紫野行き標野(しめの)行き

野守は見ずや

君が袖振る

 

 

額田王って人は飛鳥時代に実在した女性で、大海人皇子(後の天武天皇)との間に一女をもうけた後、その実兄である天智天皇の妻となっています。

大化の改新の頃の和歌だよ、夢あるねー。

 

 

 で、その情報を踏まえてこの歌を自分なりに現代語訳すると。

大海人皇子に向けて)陽に照らされたこんな明るいところで、そんなにウチのこと好きなんバレバレな感じで手振ったら、野守に見つかってまうやん!

てな感じでしょうか(情緒のかけらもない訳でさーせん)

 

 

 とは言え、そんな大それた秘め恋なのに、万葉集にも収められていて、こんな1300年後の時代の私にまでもろバレで大丈夫だったの? って心配になりそうなものなんですが、実はこの歌、薬狩っていう宮中行事の後の宴で場を盛り上げるために詠んだらしいです。

もちろんそこには天智天皇もいたはずってゆーか主賓だし。

 

 

紫草の匂える妹を

憎くあらば

人妻ゆえに

我が恋秘めやも

(訳:美しいあなたを煩わしく思うくらいなら、人妻ということを承知していながらどうして恋をすることなどあろうか)

 

 

っていう大海人皇子からの悪ノリ・ラブ返歌もあったりして。

この歌が詠まれたのが彼女が30代後半、大海人皇子が40歳くらいの時で、壬申の乱の前なので、兄弟の関係性が悪くなりつつある頃なのかな。

それともイタズラっぽいノリだったのかな。

いやーしかしどちらにしても額田王、大物だね!

 

 

 ってそれが本題ではないのでした。(!)

この歌の何が美しいかって…枕ことばの響きだと思うんですよ。

覚えてます? 枕ことば。

草枕』は旅。

垂乳根』は母。

『玉藻よし』は讃岐にかかります。

『あかねさす』は日の光や昼間にかかる枕ことばですが、同じ光にかかる枕ことばなら、私は『ひさかたの』って方が好き。

 

 

ひさかたの光

ほらね?

雲の切れ間からひとすじの陽が差すようなすごく待ち焦がれた感じが伝わってくるでしょう?

 

 

 

まあ、何が言いたかったかというと。

早く梅雨明けしねーかなーって事です。

 こんなに毎日雨じゃあキノコが生えちゃうよー。

ブログの神様

こんばんは。
扁桃腺炎と庭の片づけによる軽い熱中症とのダブルパンチで点滴を受ける羽目になりました。

どうも、こう見えて虚弱・ミヤタケです。(回復済み)

 

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↑↑↑ これが

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↑↑↑ こうなって(あ、撤去前の写真撮るの忘れてた…実際はこの1.5倍くらいです。)

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↑↑↑ こうなりました。

 

死ぬかと思ったよ♡

 

 

私の周りでは最近ちらほら、ブログを再開したり書き始める人が増えていますね。
あの人はこんなことを考えているんだなあ~と楽しく読んでます。
で、他人のいいブログを読むと、ついつい影響を受けそうになるんですけど。
これだけはぶれないようにしようってことがふたつあります。

 

一つ目。
役立つことを書かない、いや書こうとしない。

 

これはね、私にとって一番大事かもしんない。
だってね、役立つことなんてみんなが書いてくれるし。
ここでは役に立たないことが価値のあることだと思ってるから。
それが私にしか書けない世界だと思ってるから。

 

それに私が書きたいのは、常にどーでもいい超個人的なことばかりなので

『誰かのお役に立つかも…』なんて思うはずもなく。

 

でもいいんです。
このブログを読む人は、そのどーでもよさがたまらないはずなんで。

わはは!こいつのブログ マジどーでもいいな~
そんな風に読んでもらうことがむしろ本望だったりします。

 

二つ目。
書くのが苦しいときは書かない。

 

どうでもよさが身上なので、苦しんで書くのは何か違うんだな。
だから言葉が止められない時だけ書こうと思っています。
時々、これが書きたいのに書けない! ってことがあるんだけど、もうその時も諦めちゃう。
今書くべきことなら、きっとブログの神様が降りてくるはずなので、書けない時は『その時』じゃないんだろうな。

 

いるのかな、ブログの神様。
いればいいな。

 

それでは眠くなってまいりました。
暗い暗い海の底に向かって泳いでいく小さな青い魚を思い浮かべながら寝ます。

 

あー明日日勤だ。
マジだりい…(魚はどうした)

 

 

スーパーな息子

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今日こそは前者後者の話に戻しますがその前に…。

 

北海道で行方不明になっていた男の子

見つかって本当によかったですね!!!

うれしすぎて指が震えてます笑

 

 

私がテレビを全く見なくなったのは、子供たちと離れて生活するようになってから。

今回のような子供に関する事件や事故が起こる度に尋常じゃなく精神が動揺するんで、やばいなと思って。

 

 

子供と離れて一人で好き勝手に暮らす母親って、世間から見ると愛情が薄そうに見えるかもしれないですが、こう見えてちゃんと愛情はあるんですよ。

そんなことを言い訳がましく言って回らずに済んでいるのは、もう絶対に長男のおかげです。

 

長男は変わってるというか、物心つく前から大人びた思考の持ち主でね。

とにかく保育園に行くのを嫌がった。

3年間泣いて泣いて抵抗を続けました。

かといって母親にべったりなわけでもないのね。

大きくなって、忘れているかもしれないと思いつつ『あの時泣いた理由』を聞いたら、ちゃんと覚えていて、「みんなと一緒に楽しくお遊戯をしなければいけない自分が苦痛だった」と、はっきり答えました。

 

そしてリコンすることを告げた時にも

長「そうなんや」

私「理由はな…」

長「○○○○○やろ」

私「あ、うん」

みたいな。

も全然ふつー。

もっとこう『自分は親に愛されてないんじゃないか?」と悩むのかな、とか少々グレたとしても受け止めてやろうとか思っていた自分が恥ずかしく感じるくらいの平常心。

最大の山場と思っていた思春期も、反社会的な行動の一つもなく華麗にスルーしていきました。

高校生になって、ようやく精神に年齢のほうが追い付いてきたかなあという感じです。

 

・空気読む

・人当たりは優しいが、意地悪な気持ちもある

・苦も無く努力できる

・結果を出す

・実務能力がずば抜けている

 

という完璧な前者の長男。

彼の何がすごいかって、前者でありながら、自分が愛されていることを知っているってところ。

いわばスーパーな前者。

しかも、彼の弟はこれまたスーパーな後者なんですよ。

自分より出来の悪い(世間的評価です)要領もよくない、体の弱い弟が、両親にかいぐりかいぐり可愛がられる姿を長年見ながら育ってきたのにも関わらず、いじけたところがない。

それどころか…

 

 

お母さん僕のこと好きなんやろ

はいはい、知ってるから自分のことちゃんとしなよ

 

 

くらいに思ってますね、絶対に。

願わくば、全然ダメダメだったり、頑張らなかったり、たまに落ち込んだりする前者っぽくない長男も愛していると伝わっていればいいなあと、母は思うわけです。

 

はい、では前者・後者論のまとめです。

ここ大事ですからねー!

ちゃんとメモっといてね!

 

 

前者も後者もありのままで愛される存在です

そう思えないのは、自分が受け取ってないだけなことに気づこうねー。

 

おしまい。

 

 

 

※後者な母をつづった記事はこちら ↓ ↓ ↓

 

umico-mare.hatenablog.com

 

疾走する思考

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不思議な色と形でしょう?
セダム・パープルヘイズの花が咲きそうになってます。

 

子どもの頃からずっと、私の世界は背景が淡い紫や緑です。
ちょうど写真のセダム・パープルヘイズみたいな色。(まあ、もそっとメルヘンチックな明るい感じですけど)
ごめん、ちょっと何言ってるかわかんない…って人は、考えずに感じてください。

 

色彩に強い関心があるのは昔から。
12色入り色鉛筆の存在が許せなかった変な子供です。
だってこんなに世界には色彩があふれているのに、12色にまで絞って記号化するのは、子供だからとバカにされているようにしか感じられなかった。
庭にあふれる色彩を見つめる目は、文房具屋で48色入りの色鉛筆をうっとりと眺めていたあの頃と全く変わってないなあと思います。

 

すいません話がそれました。

 

ひとりで考え事する時間が、ほかの人よりずいぶん長いんじゃないかと最近思うようになりました。
それも物心ついた時からなので、通算すると絶対に10倍くらいは違うんじゃないかな。
運動自体が苦手で体を動かさなかった分、その栄養素を脳の活動に送り込んでたんでしょうね。(ええ、成績には反映されてませんよ)

 

その結果かもしれませんが、決断が早い。
いつでも即答のことが多いので、全然考えてないでしょ? ってよく言われるんですけど、そうでもないです。
ぐるぐるっとまわって最終判断に到達するのが人よりも早いみたい。
ほかの人が一か月かかって決断する地点に、一晩で達します。

 

なのでね、何が起こるかというと…。
後ろを振り返るとだれもついてきてない(キャー!)※効果音


「あれ? 前はこんなこと言ってなかった?」
「あーそれね! (ワーッと考えて、必要ないと思ったから)もうやめたの」
「えっ! やめるの早くね?」

 

なんてことが日常茶飯で起こります。
カッコ内の、とりわけワーッの部分を説明する時間を省くことが多いので、理解されづらいですが
決して飽きたからではありません。(強調)

 

世間では『継続は力なり』とか、『石の上にも三年』とか続けることを美徳とする風潮が強いので、時々私のように飽きっぽい(ように見える)人間がやり玉にあがったりするんですが、もしかしたらそういう人は飽きっぽいわけじゃなくて、私と同様に思考が疾走しているんじゃないかなって。
それも一つの才能じゃないのかなって。
新しいことに次々取り組んでいけるパワーがあるってことなんじゃないかなと思うんですよ。(だって好きなことは続いてるし。)

 

だからね、いきなりブログの流れが変わったように見えるかもしれないですが、全部ひとりで書いてます。
トリビュートとかじゃないです。
ぜ、前者後者の話をうやむやにしようなんて、そそそそんなことは考えてないですから!
今は温めてるだけですので!
生まれるのを待っててくださいね!

 

というわけで、前者のブログが書けなかった言い訳ブログはこれにて終了いたします。

 

どうせ愛されてる

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写真は花が終わった後のユキヤナギ
花もいいけど、むしろ透き通る繊細な葉が好きです。

 

 

で、今日は後者としての私の生態を振り返ってみたいと思います。
(なにが「で、」なのかわからない方は前回のブログを参照プリーズ)

  

umico-mare.hatenablog.com

 

 

じゃ、覚悟はいいですか?

牛乳は早く呑み込んでくださいねー。

行きますよー。

 

・人がまじめに説明してるのに、言葉が脳に入ってこなくて無になる

・申し送り中に猛烈な眠気に襲われる

・必死で寝ないようにするけど白目を気づかれてひんしゅくを買う

・手術室で「何歳?」って聞かれて自分の歳を答え「患者の歳だよ」って言われる

・『何歳事件』は一度や二度ではない

・主語は省かないでもらいたい

・手術中ドクターの話がつまらなさ過ぎて猛烈な眠気に襲われる。

・つか食後のオペでジブリのオルゴールBGMとか実際なんの罰ゲームかと思う

・手術終わって『上手に寝てたね〜』とか言われる

・嫌味に気づかないか、もしくは家に帰ってから気づく

・雰囲気で生きてる

・理論的な説明が苦手で、説明に擬音語が多い

・ぼんやりできる一人の時間がないと死にそうになる

・どんなに気を付けていても必ず何か忘れ物をする

・むしろその忘れ物が一番大事なものだったりする

・だから息子の学校の忘れ物チェックが苦手だった

・「もうお母さん、ちゃんとしてよ」って息子に叱られる

・母は信用ならないと学習した息子が異様にしっかり育つ

・自身の高校の入学式は寝坊して遅刻

・なぜか毎回5~10分は約束の時間に遅れる

・いつも遅れるので、逆算して早めに取り掛かっても5~10分遅れる

・41年間生きてきても、どうしてなのかわからない

・それを言ったりやったら怒られるってことを、やってしまってから気づく

・そのために距離を置かれたり、離れていく人が結構いる

・でもまあいっかって思うし、去るものは追わない

・激しいやっちまった感があっても、それほど長く反省モードを保てない

・自分は与えられるものがなくても、ひとの好意はありがたく受け取る

・そんな自分が嫌いじゃない

 

 

あああ。

すみませんすみません。

本当にごめんなさい。

もうなんていうか、全力で後者でしたね、私。

 

 

でもね、どんなにダメダメでも、愛されるのが後者。

むしろ愛を受け取るのが仕事。

つまんないことで、ジタバタ自己嫌悪の海でおぼれるのはもうやめましょ。

着くから、足。

どうせ愛されてるから。

さあ、私の周りの前者な皆さん、あきらめて私の面倒を見てください。(おい)

 

 

あ、安心してください。

前者が『愛されない者』ではないんです。

長くなりそうなので、その話はまた今度ー。