ナースが植物と暮らしたら

植物たちに囲まれて魔女のように生きる人の日常

疾走する思考

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不思議な色と形でしょう?
セダム・パープルヘイズの花が咲きそうになってます。

 

子どもの頃からずっと、私の世界は背景が淡い紫や緑です。
ちょうど写真のセダム・パープルヘイズみたいな色。(まあ、もそっとメルヘンチックな明るい感じですけど)
ごめん、ちょっと何言ってるかわかんない…って人は、考えずに感じてください。

 

色彩に強い関心があるのは昔から。
12色入り色鉛筆の存在が許せなかった変な子供です。
だってこんなに世界には色彩があふれているのに、12色にまで絞って記号化するのは、子供だからとバカにされているようにしか感じられなかった。
庭にあふれる色彩を見つめる目は、文房具屋で48色入りの色鉛筆をうっとりと眺めていたあの頃と全く変わってないなあと思います。

 

すいません話がそれました。

 

ひとりで考え事する時間が、ほかの人よりずいぶん長いんじゃないかと最近思うようになりました。
それも物心ついた時からなので、通算すると絶対に10倍くらいは違うんじゃないかな。
運動自体が苦手で体を動かさなかった分、その栄養素を脳の活動に送り込んでたんでしょうね。(ええ、成績には反映されてませんよ)

 

その結果かもしれませんが、決断が早い。
いつでも即答のことが多いので、全然考えてないでしょ? ってよく言われるんですけど、そうでもないです。
ぐるぐるっとまわって最終判断に到達するのが人よりも早いみたい。
ほかの人が一か月かかって決断する地点に、一晩で達します。

 

なのでね、何が起こるかというと…。
後ろを振り返るとだれもついてきてない(キャー!)※効果音


「あれ? 前はこんなこと言ってなかった?」
「あーそれね! (ワーッと考えて、必要ないと思ったから)もうやめたの」
「えっ! やめるの早くね?」

 

なんてことが日常茶飯で起こります。
カッコ内の、とりわけワーッの部分を説明する時間を省くことが多いので、理解されづらいですが
決して飽きたからではありません。(強調)

 

世間では『継続は力なり』とか、『石の上にも三年』とか続けることを美徳とする風潮が強いので、時々私のように飽きっぽい(ように見える)人間がやり玉にあがったりするんですが、もしかしたらそういう人は飽きっぽいわけじゃなくて、私と同様に思考が疾走しているんじゃないかなって。
それも一つの才能じゃないのかなって。
新しいことに次々取り組んでいけるパワーがあるってことなんじゃないかなと思うんですよ。(だって好きなことは続いてるし。)

 

だからね、いきなりブログの流れが変わったように見えるかもしれないですが、全部ひとりで書いてます。
トリビュートとかじゃないです。
ぜ、前者後者の話をうやむやにしようなんて、そそそそんなことは考えてないですから!
今は温めてるだけですので!
生まれるのを待っててくださいね!

 

というわけで、前者のブログが書けなかった言い訳ブログはこれにて終了いたします。