ナースが植物と暮らしたら

植物たちに囲まれて魔女のように生きる人の日常

なぜ恐れを封じ込めようとするのか

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パリで起きたテロによって、いろんな人のいろんな持論が発信されていますね。
こういった悲惨な事件は感情を強く揺さぶってきます。
ひとつの側面からでは到底推し量れない問題には、理性を以てして本質を見極めなければ…と思います。

 

例えばこの記事。

www.franceplusplus.com

 

とても美しい話として取り上げられてどんどん拡散されているけれど…。
植物を愛する庭師として、私は何とも言えない気持ちになった。
どうしてこんなにもやもやするのか…ついさっきわかったんです。

 

だって花には戦う力なんてない。
持つ手が善人のものか悪人のものかも関係ない。
そこにあるのは圧倒的な癒しの力だけ。
そしてあの花は、突然に無慈悲に奪われた命に向けて、どうぞ安らかにと祈る依代であるだけなのだ。

 

憎しみ合うことは問題の解決から最も遠ざかる手段であるということを伝えるために、花を武器に見立てたのだろうけれど、それならばまず『戦う』という概念からして間違っていないだろうか。

 

それにこの男の子の恐れは正しい。
誰だって突然殺されたくはない。
全然大丈夫じゃないのに、大人の道理の通らない理屈で封じ込められた恐れの感情は、いったいどうなってしまうんだろうなあ。
もし我が子であるならば、私は何て言葉をかけるだろうか。

 

お母さんも怖い。
だけどあなたのことは命を懸けても守る。

 

たぶんそう言うんじゃないかと思う。
そしてぎゅっと抱きしめると思う。