ナースが植物と暮らしたら

植物たちに囲まれて魔女のように生きる人の日常

お花畑と呼ばれて

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私が尊敬する人は皆、文学や芸術の世界に生きている。
そのうちの1人、谷川俊太郎さん。

 

彼の作品はどれも素晴らしいけども、特に『anonym 6』という詩がもう、どうしようもなく好きだ。

 

匂いのようなもの
今あってすでにないもの
無いのにもう満ち満ちているもの
時のようなもの

煉瓦の壁があり
その上でどうしてもつかまらぬもの
どうしても呼べぬもの
光のようなもの

光の中の虹
虹のうなっている羽根
ものの物の音(ネ)----

のような
そのようなこと
その事

 

 

彼のこの詩に触れるとき、私の心がぎゅうっと締めつけられて少しだけ息が苦しくなる。(あ、狭心症ではないです)
これほどの手の届かない存在っぷりに感謝すらしてしまう。

 

…はっ? そうでした!
今日はそういうことを書こうと思ったのじゃなかった(汗)
すみません、マニアなもので。

 

最近、とかく私の尊敬する人は皆、『戦争反対』を声高に宣言させられた挙句、『お花畑』と呼ばれて蔑みの対象にされている。
私はそれがとても残念でならない。

 

だって、彼らの存在意義は美しいものを生み出すことにあるんだもの。
美しいものの存在を信じ、崇拝し、祈ることが彼らの根幹を支えているんだもの。
美しいものとは…それは例えば知らない人同士、ふと目があって微笑み合う瞬間であったり、争いのない世界を希う気持ちであったり、一見穢れたものの中に宿る良心だったりする。

 

想像してみてほしい。
いわゆる『お花畑』の存在しない世界を。
それはなんて殺伐とした味気ない世界なんだろう。

 

だから彼らを『お花畑』とバカにする人も、その美しい心を利用する人も私は大嫌いだ。