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ナースが植物と暮らしたら

植物たちに囲まれて魔女のように生きる人の日常

能あるナースは角隠さない

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はいはいはい。

今日はもうのっけから、エンジン全開、フルスロットルで皆さんのナースに対するイメージをガツンガツンとぶち壊していく所存ですので、よろしくどーぞ。

 

 

私ね、看護の道に迷い込んでもうかれこれ20数年は経つんです。

ああ恐ろしい。

それよりももっと恐ろしいのが、いまだに『白衣の天使』などという言葉が一部生き残っているという事実。

そんなの、絶滅したと思ってました。

いやむしろ、アレでしょ? 『麒麟』みたいに架空の生き物を表す言葉なんでしょ? くらいに思ってました。

でもね、いるんですよ、その言葉を伝家の宝刀のごとく取り出してくる人たちが。

 

 

で、その言葉をまだ使いたがる人たちに共通する特徴に気づいてしまった。

ズ・バ・リ THE 依存的 

看護師さんなんだから優しくしてもらえるのは当たり前。

看護師さんなんだから至れり尽くせりなのは当たり前。

看護師さんなんだから感じ良く接するのは当たり前。

共通するマインドは大体こんな感じ。

大変恐縮ですが、寝言はお休みになってからおっしゃって頂きますようお願いいたします。(訳:ふざけんじゃねえぞ、ぺっ)

 

 

声を大にして言いたいことは、優しいだけでは看護師は務まらないんだよってこと。

身体と心の健康を守る一番の主役は、自分だってことを忘れちゃダメだし、忘れさせてしまうような優しいだけの看護師じゃダメってこと。

つまりね…

自分でできることは自分でやれ

ってこと。

それが自助の精神だよ。

 

 

もちろん、精神の危機状態には優しさが必要な場合もあります。

治療のために、自分でできることを制限されることもあります。

その時、その人に必要な援助は何なのか、それを見極める目を持っているのが良い看護師だと断言します。

見極める目を養うにはどうしたらいいのかって?

そんなの簡単。

患者が目標とするゴールがどこなのかをきちんと把握すればいい。(ゴールが見えてない、またはゴールの設定が甘すぎたり曖昧だから必要な援助がわからないんだよね。)

そして、それを必ず患者や家族と共有すること!!!

その人の人生や生活の主役の座を奪ってはいけません。

少しの期間くらい、甘えてもいいやんって思うかもしれないけど、気持ちも分からなくはないけど、そういうマインドはいつか身を滅ぼすからね。

病院での在院日数はどんどん短くなっているのに、ゴールが見えてないことの危うさをもっと患者も医療者も真剣にヤバいと思わなきゃー。

 

 

あ、今、なんかこの人ナースみたいって思ったでしょ?

思ったよね?

 

ナースだからね!

ナース育てる先生だった時期もあるからね!(超短いけど)

だからけっこうちゃんとしたこと言うよー。(心配だろうけど)

 

 

でもねー最近は自助の精神を持ち合わせない人たちが増えてきた気がする。

自分の人生を他人に背負わせることに疑問を持たない人たちが増えてきた気がする。

そういうのちょっと切ないね。

ごめん、ちょっと愚痴。

 

 

ではまた。

 

 

 

 

 

 

あきらめるということ

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おはようございます。

あたし・・・書けにゃい! とか言っていた季節はもう過ぎました。

お次は書きたいことが多すぎてうまくまとまらないという、これまた面倒くさい状況に陥っておるのであります。

今ここにあるのは下書きの山・山・山。

 

 

こういう時はですね、経験上『自分の世界に閉じこもる』という選択をすることにしています。

あ、物理的じゃなく精神的にね。

今回は自分自身が算命学的に冬の時期ってことで、もう一度自分の命式をじっくり学んでみようと思ったんですよー。

 

 

一人の人間には必ず、5つの主星と3つの従星ってのが備わっているんですけど。

主星は木性の陰陽、火性の陰陽、土性の陰陽、金性の陰陽、水性の陰陽で合計10種類あります。

だからその10種類の星のうち、どの星を持っているかでその人の性格や行動や思考パターン、適性なんかが判ります。

誰でも5つは星を持つことができるわけですから、木・火・土・金・水とまんべんなく持てる人もいれば、1~2種類しか持ってない人も出てきたりするんです。

たくさん持っている人はバランスがいい人、偏っている人はよく言えば個性的な人間というか…ねっ!(察してください)

 

 

で、私はといえば、10種類も星があるにもかかわらず、持っているのは2種類。

に、2種類…だ…と!?

どんだけ偏ってるんだよう!!!

しかも3つが水性、2つが火性。

この組み合わせは水火の激突っつって、全く正反対の性質を持ってる星なので内面の葛藤がすげいです。

組み合わせ一つ持ってるだけでも激突とか言われてんのに、もう私、激突しかしてないじゃん!

そりゃ年中苦悩してるわけだわ。

私の場合、胸にある中心星ってのが水性なので表面上はクールで分かりにくいですが、頭ン中は熱いの? 冷たいの? どっち??? っていう状態なんですねー、うふふ。

ちなみに水火の組み合わせを持つ人には芸術家が多いです。

ピカソとかダリとか岡本太郎とか。

私、げーじつ家になろっかな(おい)

 

 

ところで何かに行き詰っているとき、ふと目にした文字や文章、聞えてきた歌、目に入った風景で、急に目の前が開けたような気持になることってありますよね。

あれはね、天啓ですよ。

少なくとも私はそう思ってます。

人間にはそういうチャンネルがちゃんと備わっているんだなあ。

あ、一応精神科ナースとして補足しておきますが、天啓と幻聴は全く違いますからね!

 

 

でまあ天啓つながりなのかどうかはわかんないですけど、この前ね、何気なく全く知らない作者の漫画をめくっていた時に、やってきたんですよ。

 

あきらめないということは一つだけを見て他は見ないということ。

そしてあきらめるということは、そのほかのすべての可能性が開くということ。

 

ってな感じのセリフが出てきて結構「おおお~!」ってなりました。

あきらめるって消極的な言葉じゃないんだね。

まあ、イケメンが言ってたってのも大きなポイントかもしれません。

あと、安西先生が言ってもきっと響くんだろうな…。

では。

大人だけど。大人だから。

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はい、こんばんは。

はい、こんばんは。

ぶっちゃけますが書けなくなってました☆

恐ろしいほどに長く感じられたトンネルの終わりが見えてきた気がするので、何事もなかったかのようにパソコンに向かっております。(たぶん、あの人やあの人やあの人にも心配をかけてしまっているんだろうな~ごめんね)

なんでトンネルから抜け出せそうな気がしたのか。

きっかけと言って思いつくのはアレしかないです。

本当に些細なこと。

 

私ね今、歯科治療に通っているのですが。

最新の設備で整えられた大きくて新しい病院でも、ネットの検索で常に上位に挙がってくるバリバリ宣伝されてる病院でもない、すんごいこじんまりした町の歯医者さんって感じのところなんですよね。

何年も前に書かれた、口コミ記事を読んで、行ってみようかなあって気になったの。

今ではどんなことが書いてあったのかも思い出せないほどありふれた口コミだったのにね、なぜだか気になって。

で、どうだったかと言うと、相性もあるんだろうけど、私にとっては大当たりってやつ。

やはり41年間研ぎ澄ましてきた野生の勘はダテではなかったわー。

 

おっと脱線するところでした。あぶないあぶない。

んで昨日も治療に行ってきたんだけど、いつもならそれほど痛みを感じることないのに、その日に限って疲れが溜まっていたのか処置がめっちゃ痛くて。

「ぐぬぅ」って感じで、思わず変な声が出るくらい。

 そしたらその時ね、先生がまるで小さな子供にするみたいにほっぺたに指を添えて、『よしよし、よく頑張った。もう大丈夫。終わったよ。』って優しくまあるく撫でてくれたんですね。

染みました。

泣きました。

半分は痛みのせいだったけど、おかげで涙が出ててもそれほど怪しまれなかったので概ね良し。

それに本当に痛みも和らいだん。

しんどい気持ちもすごく楽になったん。

もう終わったよって、先生は治療とか痛みのことを言ったんだろうけど、その時の私の心の弱ってる部分にすごい効いた。

んでやっぱり、手からは思いやりとか、労りみたいな本当の気持ちが伝わるんだなあって思った。

 

 

というわけで、一見健康な大人にもスキンシップと優しい言葉が必要だってことに改めて気づいたポンコツナースでした。(おい、20年のキャリアはどうしたってほどの今更感)

だからしんどい時は言ってくださいね。

私がヨシヨシしてあげましょう。(いらないとか言わない)

あ、患者が急増すると 私が 困るのでどこの何ていう先生かは書きません。

代わりにヒントと言っては何ですが、写真は件の歯科の玄関先で咲いてたオキザリスです。

可愛い花でしょ。

 

 

 

幸せの塊

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梅雨明けました~。

なんとかキノコを生やすことなく乗り越えました。

いやホント、同じ暑いなら湿気がないほうがずっと過ごしやすいですね。

 

 

突然ですが、皆さんには『よく言われるフレーズ』ってありますか?

私はね

ミヤタケさんが食べていると何でも美味しそうに見える とか

ミヤタケさんが注文した物のほうがいつも美味しそうですよね とか

ミヤタケさんがごはん作るっていうだけで、もう美味しそうなんてずるいです とか

あれでしょ? カレーは飲み物なんでしょ? とか

 

 

タコです、ハイ。

 

 

しかもスーパーで買い物すると高確率で

お運びします♡ 

ってめっちゃいい笑顔で言われるし。(ワンピース着用時の打率10割)

今まで働いてきたどの病院でも 

予定日はいつですか? (必ずエプロン着用時ですよ)

って一片の曇りもないワクテカ顔で聞かれます。

こないだついに今の病院でも言われちゃったよ。

…あれ? おかしいな、涙で視界が。

 

 

今までは、体型で判断してんじゃねえぞ、コラ ってやさぐれてたんですけど。

もしかしたら、それだけじゃないかもしれないなって思うようになったんですよね。

 

 

知ってますか?

妊婦さんが幸せそうに見える理由。

お母さんのオーラ(生きるエネルギーみたいなもの)と赤ちゃんのオーラがくっついて、ひときわ輝いて見えるからって話。

じゃあさー、こんなに妊婦に間違われるってことは、体型もさることながら、私一人の生きるエネルギーが大きいってことなんじゃないの?って。

だから幸せそうに見えるし(実際幸せやし)ごはんも美味しそうに見える。(実際美味しいし)

うん! だからこれはきっと名誉なことだ!!!

ただのデブじゃないってことだ。(自己肯定終了)

 

 

だって普通、妊娠してるかどうかなんて思いっきりデリケートな話題やし、もし間違ってたら失礼だからあんまり口にしないでしょ。

それをみんなして、なんの迷いも屈託もなく、ものすごいキラキラした笑顔で聞いてくるもんだから、むしろ『あっなんか自腹でスミマセン』って気持ちになる。

期待を裏切っちゃってごめんね! みたいな。

 

 

なのでここで皆様に言いたいのは。

妊娠してません。

妊娠する予定もありません。(おい)

ちょっと人より幸せエネルギー値が高いだけです。

ちょっと人より幸せエネルギー値が高いだけです。

 

 

大事なことなので二回言いました。

では!

 

 

猫も杓子も

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蓮も睡蓮も仏様を連想させる花ですね。

写真は我が家のベランダで咲いた、熱帯性スイレン(ドウベン)です。

あまりわからないけど、花びらの先が淡いブルーで神がかった美しさ。

正午までに閉じてしまう花は、とても良い匂いがします。

 

こんばんは。

先日、ある人に聞かれたんですよ。

本気で死にたいと思ったことはありますか
本気で人を殺したいと思ったことはありますか

って。(おいおい、どんなシチュエーションなんだ? っていうね)

 

答えがどうだったかは置いておいて、私は一つの歌を思い出していました。

生まれては 死ぬなりけり おしなべて

釈迦も達磨も 猫も杓子も

かの有名な、一休宗純の歌です。

 

命あるものいつかは死ぬ。

この歌からは だから今を全力で生きよう とかいう大げさなものを全く感じなくて、死を 当たり前の真理 として扱う潔さを感じます。(つか、室町時代から猫も杓子もって言葉があったのね)

死に無頓着なのも、死に拘りすぎるのも粋じゃない。

だからかつての私は粋じゃなかった。

質問の答えは、ただそれだけかな。

 

だけど、『死』というのは、この世のあらゆる表現者にとって抗いがたい魅力をもったテーマでもあるのよねー。

そして仏教用語である四苦(八苦)のうちの一つの大きな苦でもある。

生と死と病と老い。

苦っていうのは、苦しみじゃなくてままならないこと。

自分の力ではどうにもならないこと。

今の私が望むのは、生も死も、病むことも老いることも、愛も憎しみも、あるがままを受け止められる大きな人間になることでしょうか。

なれっかなー。

 

 

といことで、かつて3歳児だった頃の息子が放った

お母さんの背中、広ーい(*'▽')

という邪気の無い言葉の矢から解き放たれて、大きく生きてまいりたいと思います。

 

 

 

今日のブログは短いね。

次はがんばるー。

 

 

 

灯りをともす夜

こんばんは。

wi-fi環境がようやく整いましたことを、ここにご報告申し上げます。

あああ。

書かなきゃなんねーことが沢山ありすぎて消化不良気味です。

うん、まずこれだけは伝えないといけないのは、止まっているように見える私でも確実に前進していますよってこと。

 

私は今、肩書を植物屋と銘打っておりますが、実は私の本当にやりたいことって、『植物を売買すること』じゃあないんですよ。

そのあたりのことが、これまでは今ひとつ理解できていなくて、ずいぶん迷走してきました。

自分で考えるだけでは見えないようになっているのか何なのかわからないけども、いろいろな人と出会って思いを語りあって気づくことがたくさんあった。

気づくとそれは本当にシンプルだった。

 

庭はアート

植物は画材

 

私が植物を使って作り出す世界を、どうぞ存分に自由に感じてくださいという思い。

かつて絵を描くことを諦めた私は小さくなって消えたと思っていたのに、ずうーっとずうーっと奥のほうでひっそりと生息していたみたいです。

言葉にするとかなり陳腐だけど、結局私は『表現者』でありたくて、その手段の一つが植物だったというわけですね。

そして私自身が『美しいもの ーそれは植物の生命力や、あの人が描く絵や、郷愁を誘う音楽や、いい香りのお酒を愉しむ時間だったりするー』に囲まれて生きていたいという、ワガママな、それでいて純粋な欲求にずっとずっと昔から突き動かされ続けているんだな。

 

私と同じく抽象の世界への鍵を持った友人とともに、ある試みに挑もうとしています。

挑むと言っても、私たちはふたりとも方向は違えど、とても曖昧な感覚の持ち主。

やってみて「違うなあ」と思ったらすぐ辞めるだろうし、「いい感じやん?」と思ったら続けてみる…というお約束。

超ゆるゆるな2人の世界を楽しんでいただけたらなあと思っています。

 

さ、前置きが長くなましたが、結局のところ何がしたいのかというとですね。

月イチくらいでBARを開いちゃおっか♡ ってこと。

記念すべき初回の日程はおそらく8月最終週の土曜の夜。(もしくは9月最初の土曜)

あまりにも不評なら一夜限りとなりますので、都合のつく方は是非にお越しくださいませ。

 

もう場所は決めてあるんです。

香川県三豊市仁尾町仁尾丁307 レンタルスペース・平石堂

19:00~23:00 (ラストオーダー22:30)

素敵ですよ。

 

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恋とか愛とか

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こんばんは。

一週間過ぎ振りのブログです。

実はまだWi-Fiが使えません…不便ー!

この一週間は何をして過ごしていたかというと。

読書に明け暮れていた というより他ありません。

あー読んだ、読んだ。

夏休みの高校生かよってくらい読んだ。

漫画も面白くて好きなんですけど、映像を脳内で作り上げる作業がある分、やはり活字が一番脳ミソを使う気がします。

その中でも特に好きな小説ってのには、私の場合なんだか法則があるみたいなんです。

 

1.とても美味しそうな食べ物の描写が出てくる

2.時代小説

3.恋愛が描かれていても性描写が出てこない

この三つが備わっていると完璧☆。

 

というわけでいきなりおすすめするのが、高田郁 著の『みをつくし料理帖』。

恋愛だけじゃなく、っていうかむしろ恋愛部分はおまけみたいなもんで、友情や人情や人と人とのつながりを、唾が出てきそうな料理の数々とともに描かれている名作です。

このシリーズは最初から完結までずう~~~っと楽しみに読んでいて、完結してからしばらくは放心状態だったという。

 

もちろん(たぶん)正常な女子としては、恋愛のエッセンスを感じる小説は大好物なんですけど、とくに時代小説で描かれる恋愛の独特の奥ゆかしさがたまりませんのじゃ。

何というかこう…何でもかんでも簡単に性愛に結び付く現代の恋愛とは違って、本当に好きな人となら手が触れ合うだけでも胸が痛いくらい幸せ…っていうあの世界?

…もうやだ! 書いててかゆくなってきたのでサクッと割愛します。

40代独身女子の文章としてどうかと思う!!!

いやホントどうかと思う!!!!!

 

ふー恥ずかしかったのでちょっと顔洗って出直してきました。

でもね? ゲーテ先生もこのように言ってますから。

二十代の恋は幻想である。

三十代の恋は浮気である。

人は四十代に達して、初めて真のプラトニックな恋愛を知る。

ってね。

タコレ名言っしょ。

 

いろいろあった。

いろいろあったからこそ原点に回帰するんだろうね。

そこにはいい意味での諦めや怖れが少しだけ混じってるかもしれない。

と、いうわけで。

こうして物語の中の純愛に身もだえながら変態度を増していくワタシなのでありました。

 

 

 

 

あかねさす

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こんばんは。

昔から和歌が好きでね。

俳句は研ぎ澄まされてる感じだけれど、和歌は感情を乗せやすいっていうか、情緒があるんだよね。

生まれてはじめて美しいと思ったのは額田王(ぬかたのおおきみ)という人の詠んだ歌でした。

 

 

あかねさす

紫野行き標野(しめの)行き

野守は見ずや

君が袖振る

 

 

額田王って人は飛鳥時代に実在した女性で、大海人皇子(後の天武天皇)との間に一女をもうけた後、その実兄である天智天皇の妻となっています。

大化の改新の頃の和歌だよ、夢あるねー。

 

 

 で、その情報を踏まえてこの歌を自分なりに現代語訳すると。

大海人皇子に向けて)陽に照らされたこんな明るいところで、そんなにウチのこと好きなんバレバレな感じで手振ったら、野守に見つかってまうやん!

てな感じでしょうか(情緒のかけらもない訳でさーせん)

 

 

 とは言え、そんな大それた秘め恋なのに、万葉集にも収められていて、こんな1300年後の時代の私にまでもろバレで大丈夫だったの? って心配になりそうなものなんですが、実はこの歌、薬狩っていう宮中行事の後の宴で場を盛り上げるために詠んだらしいです。

もちろんそこには天智天皇もいたはずってゆーか主賓だし。

 

 

紫草の匂える妹を

憎くあらば

人妻ゆえに

我が恋秘めやも

 

 

っていう大海人皇子からの悪ノリ・ラブ返歌もあったりして。(訳:美しいあなたを煩わしく思うくらいなら、人妻ということを承知していながらどうして恋をすることなどあろうか)

この歌が詠まれたのが彼女が30代後半、大海人皇子が40歳くらいの時で、壬申の乱の前なので、兄弟の関係性が悪くなりつつある頃なのかな。

それともイタズラっぽいノリだったのかな。

いやーしかしどちらにしても額田王、大物だね!

 

 

 ってそれが本題ではないのでした。(!)

この歌の何が美しいかって…枕ことばの響きだと思うんですよ。

覚えてます? 枕ことば。

草枕』は旅。

垂乳根』は母。

『玉藻よし』は讃岐にかかります。

『あかねさす』は日の光や昼間にかかる枕ことばですが、同じ光にかかる枕ことばなら、私は『ひさかたの』って方が好き。

ひさかたの光

ってほらね?

雲の切れ間からひとすじの陽が差すようなすごく待ち焦がれた感じが伝わってくるでしょう?

 

 

 

まあ、何が言いたかったかというと。

早く梅雨明けしねーかなーって事です。

 

 

 

まだ梅雨も中盤だし、元々雨は好きだけど、こんなに毎日雨じゃあキノコが生えちゃうよー。

眼福耳福

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写真は新居の玄関に飾った白雪姫という名のヘデラ。
ちゃんと陽に当てて育てると、その名のとおり白い葉になってそれはそれは美しいのだけど、日陰で育てても充分美しいと思うのは私だけでしょうか。

 

ふいー引っ越し完了。
雨の少ない香川県といえど、今年の梅雨はしっかりと雨が降ってますね。
おかげで天候とのにらめっこが続き、湿気による身体のだるさとの闘いも相まってなかなか進まず。
奇跡的に何とかなりましたが、引き渡しの30分前にやっと荷物が空になったことは内緒です。

広いところから狭いところへ引っ越すということで、かなりの量を処分したんですけど、まだ新居が物で溢れかえっているので、断捨離はこれからも粛々と続いていく模様。
やっぱりこう…なんてゆーか落ち着いた空間でブログ書きたいですもんねー。

 

落ち着くっていえば、『音』もすごく大切な要素だと思いません?
今回の引っ越しで、プライベート空間からテレビを排除したので、NHK受信料の引き落とし止めてもらわねば。
NHK職員と接する時になぜかファイティングポーズで身構えるような気分になっちゃうんだよね…ってことは置いといて。(ふー大幅に話がそれるところだったぜ)
身近で耳に入る音といえばスマホで聴く音楽と、田舎恒例カエルの大合唱、ヒバリのさえずり、電線にとまったツバメが仲間同士で会話してるような声…だけじゃないんですよ、皆さん。

 

生まれ育った家や住み慣れた地を離れて、次はここで暮らしていこうと決める時。
決め手となるのは何ですか?
海が見えることだったり、交通の便がいいことだったり、職場に近いことだったり?
今回の私の場合、間違いなく『空港の近く』ってこと。

 

実は空港の近くに住んだことは今までなくて、これが初めてだったんだけど。
マジいいね! 空港!!!
飛行機のジェットエンジン音がたまらなく好きでね。
毎日癒されてます♡(変態)

 

特にテンション上がるのが、曇りや雨の夜ね。
ジェットエンジンの音はすれど姿が全く確認できないところに…
雲の中から着陸しようとする飛行機の明るいライトが現れた瞬間。

 


インディペンデンス!!!(*´Д`)ハアハア
※もはやK奮しすぎて意味不明

 

 

 

 

ちょっと言ってみたかっただけ。
最後まで読んでくださったあなた、さーせん。
深く反省しています。(てへぺろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブログの神様

こんばんは。
扁桃腺炎と庭の片づけによる軽い熱中症とのダブルパンチで点滴を受ける羽目になりました。

どうも、こう見えて虚弱・ミヤタケです。(回復済み)

 

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↑↑↑ これが

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↑↑↑ こうなって(あ、撤去前の写真撮るの忘れてた…実際はこの1.5倍くらいです。)

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↑↑↑ こうなりました。

 

死ぬかと思ったよ♡

 

 

私の周りでは最近ちらほら、ブログを再開したり書き始める人が増えていますね。
あの人はこんなことを考えているんだなあ~と楽しく読んでます。
で、他人のいいブログを読むと、ついつい影響を受けそうになるんですけど。
これだけはぶれないようにしようってことがふたつあります。

 

一つ目。
役立つことを書かない、いや書こうとしない。

 

これはね、私にとって一番大事かもしんない。
だってね、役立つことなんてみんなが書いてくれるし。
ここでは役に立たないことが価値のあることだと思ってるから。
それが私にしか書けない世界だと思ってるから。

 

それに私が書きたいのは、常にどーでもいい超個人的なことばかりなので、『誰かのお役に立つかも…』なんて思うはずもなく。

 

でもいいんです。
このブログを読む人は、そのどーでもよさがたまらないはずなんで。

わはは! こいつのブログマジどーでもいいな~
そんな風に読んでもらうことがむしろ本望だったりします。

 

二つ目。
書くのが苦しいときは書かない。

 

どうでもよさが身上なので、苦しんで書くのは何か違うんだな。
だから言葉が止められない時だけ書こうと思っています。
時々、これが書きたいのに書けない! ってことがあるんだけど、もうその時も諦めちゃう。
今書くべきことなら、きっとブログの神様が降りてくるはずなので、書けない時は『その時』じゃないんだろうな。

 

いるのかな、ブログの神様。
いればいいな。

 

それでは眠くなってまいりました。
暗い暗い海の底に向かって泳いでいく小さな青い魚を思い浮かべながら寝ます。

 

あー明日日勤だ。
マジだりー…(魚はどうした)