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ナースが植物と暮らしたら

植物たちに囲まれて魔女のように生きる人の日常

求むメシ友

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えーただいま絶賛濃い人生を送っておりますミヤタケです。
そんな私ですが、現在比較的落ち着いた時間を過ごしてまして。

 

あんたの生活、充分刺激的だよって言われるんですけど、自分としては「こんなに落ち着いちゃっていいのかしら…」と逆に不安になってるっていう。
人は刺激に慣れると、更なる刺激を求めるっていう、例のアレかな。

 

周囲の人々に比べて、私自身は淡白な人間なのではないかと思うんですけど。
病院食の謎の白身魚・メルルーサくらい淡白な人間だと思ってるんですけど。
いかんせん周りが特濃で。
こんな没個性な人間はいないようにも思えるのに、40代序盤にしてもう3本くらい(っていうかもっと)小説が書けそうです。

 

生まれてきてすいません編
結婚してみました編
バツイチ独身って素晴らしいね編
さあ、どれが読みたい(聞きたい)ですか? みたいな。

 

 

とまあ前置きが長くなりましたけどね、何が言いたいのかっていうとね、寂しいんすよ。
ひとりの時間もすっっっっごく好きなんですけど、マジ誰かとサシで喋りたい時があるんすよ。
ねーねー誰か一緒にご飯食べにいこーよー。
お酒一緒に飲もうよー。
私のバカ話聞いてよー。
っていうわがままな気持ちでいるんですよ。

 

こんなこと言うとね、「あ! 一緒にご飯? 食べたい食べたい!! そのうち一緒に行きましょうよーー♡」とかよく言ってもらえるんですけど。

 

 

そのうちっていつだよ

 

 

ってやさぐれちゃうくらい今! な気分なのです。
まあ家庭の事情とかいろいろあるでしょうし、私も大人なんでね、泣いてぐずって駄々をこねたりは致しませんけども。
それに近い気持ちで渇望してます。(←大人?)

 

いくら私が喋りたがってるとはいえ、私ばかりがずっと喋ってるとアホみたいなんで、あなたの何気ない日常話もきっと聞かせてくださいね。
話がつまんないときはつまんないって言いますから。(おい)
つまんなさ過ぎてむしろ笑えたりしますから、心配はいりません。

 

こんな私のメシ友・飲み友になってやってもいいよって方は、ぜひご連絡ください。
では挑戦をお待ちしております。(ぺこり)

 

横山文洋という人

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似てると思ったのは、彼のたったひとつのSNS投稿がきっかけでした。
よしもとばななの小説『TUGUMI』の一節がそこにはあった。

 

好きなものが似ているってすごいよね。
それだけでもう半分以上その人のことを受け入れているような気がする。

 

トークセッション
セミナー
響きがうさん臭くて一年前の私なら絶対に近づくことさえなかったと思える領域です。
なぜそこに足を踏み入れる気になったかというと。
もうそれは「彼だから」としか言いようがない。

 

お金の使い方やコンプレックス。
誰にも話さずもやもやしていた思いを思い切って目の前のテーブルに置いてみたら、彼がくるくるくるっと回して「この角度からみたらこんな風に見えるね」と言いながらウインクした。

 

…すいません、ウインクはしてないです。
でも彼がやったら似合いそうで、長いまつげからバッチーンって音がしそうで、星とかホントに飛びそうで、つい盛りそうになってしまったごめん。

 

彼は自分のこと天才だっていう。
私もそう思う。(ちなみに私自身も天才と思っていて、そんなところも似ている)
でもね?
神様をあがめるような気持じゃないの、わかる?
あんなふうになりたいっていう憧れでもないの。
彼の感性が私の『好き』にジャストフィットして、とにかく居心地がいい。

 

きっとその心地よさは、あの場にいた誰もが感じ取っていたに違いないって思う。
あの空間の心地よさをリードしていたのは、間違いなく彼だと思う。
そう、支配するんじゃなくリードする。
出るときは出て、引くときは引く。
それを自分が思いっきり楽しんでる。
その計算高いところ(誰が何と言おうとほめ言葉です!)圧倒的。

 

圧倒的なのに他者を認める度量もあって。
そのまなざしが本当にやさしいんだな。
彼と話した後は、自分の持っている良いものを見つめてみたくなる。
こういうのを引き出す力っていうんだろうか。

 

私の持つ空気、声、香り、創る空間、紡ぐ言葉。
彼の世界に触れる度に、私は私の世界を確固たるものにしていこうって思うんだよ。
いやもうすでにあるから(私も天才だから)精度を上げていくっていうべきかな。

 

ああ、いい時間を過ごせた。
そう思っていたら彼らもそう感じてくれていた。
また香川に来たいから、来月も来るって。
こんなうれしいことはないね。
生まれ育ったこの場所を好きになってくれてありがとう! わいざん!
次はきっと、もっともっとすごいことになるね! わいざん!

 

 

 

なんだか、アウトプットというよりも、ただただ『好き』という気持ちがあふれたブログになりました。(この『好き』を恋愛感情と認識した人は読解力不足なので反省してください)
そんなところも私らしいと思うので、良しとしよう、うん。

 

※めっちゃ個人名を前面に出したけど、きっとわいざんなら許してくれるはずです。サムネイルの写真も彼が撮ったものです。

 

スーパーな息子

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今日こそは前者後者の話に戻しますがその前に…。

 

北海道で行方不明になっていた男の子
見つかって本当によかったですね!!!
うれしすぎて指が震えてます笑

 

私がテレビを全く見なくなったのは、子供たちと離れて生活するようになってから。
今回のような子供に関する事件や事故が起こる度に尋常じゃなく精神が動揺するんで、やばいなと思って。

 

子供と離れて一人で好き勝手に暮らす母親って、世間から見ると愛情が薄そうに見えるかもしれないですが、こう見えてちゃんと愛情はあるんですよっ。
ってなことを言い訳がましく言って回らずに済んでいるのは、もう絶対に長男のおかげです。

 

長男は変わってるというか、変わってたというか、物心つく前から大人びた思考の持ち主でね。
とにかく保育園に行くのを嫌がった。
3年間泣いて泣いて抵抗を続けました。
かといって母親にべったりなわけじゃないのね。
大きくなって、忘れているかもしれないと思いつつ『あの時泣いた理由』を聞いたら、ちゃんと覚えていて、「みんなと一緒に楽しくお遊戯をしなければいけない自分が苦痛だった」と、はっきり答えました。(すげーな)

 

そしてリコンすることを告げた時にも
長「そうなんや」
私「理由はな…」
長「○○○○○やろ」
私「あ、うん」
みたいな。
も全然ふつー。
もっとこう『自分は親に愛されてないんじゃないか?」と悩むのかな、とか少々グレたとしても受け止めてやろうとか思っていた自分が恥ずかしく感じるくらいの平常心。
最大の山場と思っていた思春期も、反社会的な行動の一つもなく華麗にスルーしていきました。
高校生になって、ようやく精神に年齢のほうが追い付いてきたかなあという感じです。

 

・空気読む
・人当たりは優しいが、意地悪な気持ちもある
・苦も無く努力できる
・結果を出す
・実務能力がずば抜けている

 

という完璧な前者の長男。
彼の何がすごいかって、前者でありながら、自分が愛されていることを知っているってところ。
いわばスーパーな前者。
しかも、彼の弟はこれまたスーパーな後者なんですよ。
自分より出来の悪い(世間的評価です)要領もよくない、体の弱い弟が、両親にかいぐりかいぐり可愛がられる姿を長年見ながら育ってきたのにも関わらず、いじけたところがない。
それどころか…

 

お母さん僕のこと好きなんやろ
はいはい、知ってるから自分のことちゃんとしなよ

 

くらいに思ってますね、絶対に。
願わくば、全然ダメダメだったり、頑張らなかったり、たまに落ち込んだりする前者っぽくない長男も愛していると伝わっていればいいなあと、母は思うわけです。

 

はい、では前者・後者論のまとめです。
ここ大事ですからねー!
ちゃんとメモっといてね!

 

『前者も後者もありのままで愛される存在です』

そう思えないのは、自分が受け取ってないだけなことに気づこうねー。

 

おしまい。

 

 

 

※後者な母をつづった記事はこちら ↓ ↓ ↓

 

umico-mare.hatenablog.com

 

疾走する思考

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不思議な色と形でしょう?
セダム・パープルヘイズの花が咲きそうになってます。

 

子どもの頃からずっと、私の世界は背景が淡い紫や緑です。
ちょうど写真のセダム・パープルヘイズみたいな色。(まあ、もそっとメルヘンチックな明るい感じですけど)
ごめん、ちょっと何言ってるかわかんない…って人は、考えずに感じてください。

 

色彩に強い関心があるのは昔から。
12色入り色鉛筆の存在が許せなかった変な子供です。
だってこんなに世界には色彩があふれているのに、12色にまで絞って記号化するのは、子供だからとバカにされているようにしか感じられなかった。
庭にあふれる色彩を見つめる目は、文房具屋で48色入りの色鉛筆をうっとりと眺めていたあの頃と全く変わってないなあと思います。

 

すいません話がそれました。

 

ひとりで考え事する時間が、ほかの人よりずいぶん長いんじゃないかと最近思うようになりました。
それも物心ついた時からなので、通算すると絶対に10倍くらいは違うんじゃないかな。
運動自体が苦手で体を動かさなかった分、その栄養素を脳の活動に送り込んでたんでしょうね。(ええ、成績には反映されてませんよ)

 

その結果かもしれませんが、決断が早い。
いつでも即答のことが多いので、全然考えてないでしょ? ってよく言われるんですけど、そうでもないです。
ぐるぐるっとまわって最終判断に到達するのが人よりも早いみたい。
ほかの人が一か月かかって決断する地点に、一晩で達します。

 

なのでね、何が起こるかというと…。
後ろを振り返るとだれもついてきてない(キャー!)※効果音


「あれ? 前はこんなこと言ってなかった?」
「あーそれね! (ワーッと考えて、必要ないと思ったから)もうやめたの」
「えっ! やめるの早くね?」

 

なんてことが日常茶飯で起こります。
カッコ内の、とりわけワーッの部分を説明する時間を省くことが多いので、理解されづらいですが
決して飽きたからではありません。(強調)

 

世間では『継続は力なり』とか、『石の上にも三年』とか続けることを美徳とする風潮が強いので、時々私のように飽きっぽい(ように見える)人間がやり玉にあがったりするんですが、もしかしたらそういう人は飽きっぽいわけじゃなくて、私と同様に思考が疾走しているんじゃないかなって。
それも一つの才能じゃないのかなって。
新しいことに次々取り組んでいけるパワーがあるってことなんじゃないかなと思うんですよ。(だって好きなことは続いてるし。)

 

だからね、いきなりブログの流れが変わったように見えるかもしれないですが、全部ひとりで書いてます。
トリビュートとかじゃないです。
ぜ、前者後者の話をうやむやにしようなんて、そそそそんなことは考えてないですから!
今は温めてるだけですので!
生まれるのを待っててくださいね!

 

というわけで、前者のブログが書けなかった言い訳ブログはこれにて終了いたします。

 

どうせ愛されてる

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写真は花が終わった後のユキヤナギ
花もいいけど、むしろ透き通る繊細な葉が好きです。

 

 

で、今日は後者としての私の生態を振り返ってみたいと思います。
(なにが「で、」なのかわからない方は前回のブログを参照プリーズ)

  

umico-mare.hatenablog.com

 

 

じゃ、覚悟はいいですか?(牛乳は早く呑み込んでください)
行きますよー。

 

・人がまじめに説明してるのに、言葉が脳に入ってこなくて無になる
・申し送り中に猛烈な眠気に襲われる
・必死で寝ないようにするけど白目を気づかれてひんしゅくを買う
・手術室で「何歳?」って聞かれて自分の歳を答え「患者の歳だよ」って言われる
・『何歳事件』は一度や二度ではない
・主語は省かないでもらいたい
・手術中ドクターの話がつまらなさ過ぎて猛烈な眠気に襲われる。
・つか食後のオペでジブリのオルゴールBGMとか実際なんの罰ゲームかと思う
・手術終わって「上手に寝てたね。手元が微動だにしなかったね~」とか言われる
・嫌味に気づかない(家に帰ってから気づく)
・雰囲気で生きてる
・理論的な説明が苦手で、説明に擬音語が多い
・ぼんやりできる一人の時間がないと死にそうになる
・どんなに気を付けていても必ず何か忘れ物をする
・むしろその忘れ物が一番大事なものだったりする
・だから息子の学校の忘れ物チェックが苦手だった
・「もうお母さん、ちゃんとしてよ」って息子に叱られる
・母は信用ならないと学習した息子が異様にしっかり育つ
・自身の高校の入学式は寝坊して遅刻
・なぜか毎回5~10分は約束の時間に遅れる
・いつも遅れるので、逆算して早めに取り掛かっても5~10分遅れる。
・41年間生きてきても、どうしてなのかわからない。
・それを言ったりやったら怒られるってことを、やってしまってから気づく。
・そのために距離を置かれたり、離れていく人が結構いる。
・でもまあいっかって思う(去る者は追わない)
・激しいやっちまった感があっても、それほど長く反省モードを保てない。
・自分は与えられるものがなくても、ひとの好意はありがたく受け取る。
・そんな自分が嫌いじゃない。

 

……。

 

あああ。
すみませんすみません。
生まれてきてすみません。(てへぺろ
もうなんていうか、全力で THE・後者 でしたね、私。

 

 

でもね、どんなにダメダメでも、愛されるのが後者。
むしろ愛を受け取るのが仕事。
つまんないことで、ジタバタ自己嫌悪の海でおぼれるのはもうやめましょ。
着くから、足。
どうせ愛されてるから。
さあ、私の周りの前者(前者力のある後者)な皆さん、あきらめて私の面倒を見てください。(おい)

 

あ、安心してください。
前者が『愛されない者』ではないんです。
長くなりそうなので、その話はまた今度ー。

シナプス

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はー。
やっとブログ書けます。

 

夜勤バイトしてたり
植物屋さんとして活動してたり
引っ越し準備中だったりして
久々に『死ねる.…』と思いました。

 

あ、身体は大丈夫です。
武田鉄矢的に言うと、忙しいという字は心を亡くすと書きますねって感じで。

 

私にとっては、ぼんやりと妄想 空想しながら過ごす時間がいちばんリラックスできる大切な時間なのに、それができなくてね。
ウサギは寂しいと死んじゃうって言うけど、ヨーコはぼんやりの時間がないと、死にはしないが消耗が激しいです。
バッテリー残量常に20%未満。
そんな感じで駆け抜けた5月後半でした。

 

まあでも、これからしばらくはゆったり過ごそうと考えています。
ぐぐーんと充電してみます。(できるかな?)

 

 

 

さて、この忙しかった期間に、気づいたことがあるんですけど。
突然に『あ、私、後者だわ』って。

 

 

みなさん、前者・後者論って聞いたことありますか?
前者・後者を超ざっくり説明すると、世の中には大きく2種類の人間しかいないという…それが

 


『大人になりたくてなれてしまった人間(前者)』
『大人になりたくてなれなかった人間(後者)』なんですって。
そしてそれは努力や矯正でどうにかなるものではないらしい。
ただただ諦めて受け入れるしかないらしい。

 

 

心屋系の人たち(注:心理カウンセラー・心屋仁之助さんをマジリスペクトしている人たちという意味です)の間で、昨年末から今年の3月くらいにかけて、SNSの片隅ではその話題で持ちきりだったんですよ。
その時は、なんか向こうで盛り上がってんなーくらいにしか思ってなくて。
しかも記事を読んでも自分がどちらかわかんなかったので、ま、いいやーってね。
だけどソレが突然に来たんですよ。

 

 

そうしたらね、今までポツンポツンと点在してた記憶が、ブワーーーーー!!!と、怒涛の勢いでつながったの。
なんかもう伝わらないかもしれないけど、その感覚がすげくて。
前者か後者か分かったからって、なんなの? って思うかもしれないけど、知ると心がちょっとだけ楽になったから(私はね)、皆さんにおすそ分け的なブログです。

 

 

おめーは説明下手だな! というお方がほとんどだと思うので
こちら
こちら
こちらをどうぞご覧くださいまし。(文字をクリックしてね)

 

これでブログ50本は書けそう…
ではでは~。

 

 

 

 

 

優しくなくていい

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今日は自宅でずっと本を読んでました。
『羊と鋼の森』よかったです。
大げさな設定とかなくて、主人公にくせがなくて、静かな小説で、今の私に合ってた。

 

こんばんは。
季節外れの風邪に鼻とのどをやられております。
体調が悪いと、途端に機嫌も悪くなりますよね。
あれ? ならない?

 

体調悪くてもにっこり笑える人とか、どんだけ優しいんでしょうか。
私なんて手負いの野生動物並みですよ。(注:看護師さん)

 

さて、精神科で働いているとですね、今までの常識とかがなんも役に立たないはずれ馬券になったような気がするんですよね。(競馬やったことないけど)
これは役に立つぞ~ってお金と時間をかけて手に入れた知識やキャリアが、もう本当に役に立たない。
もうそのフィールドはキャラクター勝負です。
キャラが濃い者が場を制します。

 

だから、精神科と分かって就職しても、合う人は合うし、合わない人はかなりの速さで消えていきます。
3日で来なくなる人とかザラだって。(最短記録は半日だそうです)
だからかなり早い段階で職場になじんで、毎日楽しく仕事をしている私は、結構精神科に向いてるんじゃないかと。
もしくは患者寄りの人間、いやもうすでにただのナースコスプレをしている患者なんじゃないかなって、思うわけです。

 

すいません、何が言いたいのかわからなくなってきました。

 

ただ一つ言えることは、いつもニコニコ優しい人を演じなくてもいいってこと。
もちろんナチュラルボーン優しい人もいるけど、いろんな人がいてもいい。
そのままの私を全開でいくのはまだ怖いけど。
案外すんなり受け入れてもらえるのかもしれないなって思います。

 

 

 

 

誰そ彼

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写真は香川県三豊市某所からの風景。
『誰そ彼(たれそかれ)』という言葉は、黄昏の語源と言われています。
あたりが暗くなってきて、「誰そ彼(あれは誰ですか)」とたずねたからなんですって。


こんばんは。
この風景と、この話をこよなく愛する、ナースだけど植物屋・超文系女子のミヤタケです。


さて、今日はこの風景写真を撮った人をご紹介しましょう。

 

それはこの人。
瓦ジスタこと藤田隆志。

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この男前は誰? って感じですよね。
この人はね、私の心友「隆志ちゃん」。
知っている人は知っている、知らない人は全く知らない、別名『三豊のSNS』です。


そういえば高校3年生の時に同じクラスだった人。
寡黙で私を含むクラスメイトとほとんど喋らなかった人。
こっそりとパーマをかけてた人。
なぜか周囲に心を閉ざしてた人。

 

それが20数年前の私が知る藤田隆志という人でした。

 

そしてその再会からずっと、絶えることなく彼から投げかけられる言葉があるのよね

 

変われ!!!

 

実際に言われたわけでもないのに、そう聞こえる。
(それは今も続いています)
そしてなぜかその言葉に応えたいと思う私がいる。
(それは今も続いています)
それは彼自身が、あの心を閉ざしていた頃から1260°くらい変わっていたからかもしれません。

 

学校で毎日顔を合わせていたあの頃より、現在会うたった1時間だけのほうが分かり合える感覚、伝わりますか。
いや、分かり合うというより、お互いをさらけ出すというほうが言葉としては適切かな。
閉じていた彼は完全に開け放たれていました。

 

似ているところの全くない私達なのに、向いている方向は同じ。
故郷を愛してないと、冒頭の写真は撮れないのです。

 

彼の思いに共鳴した結果、ここにナースとして働きながら、植物屋をやろうとしている私がいる。
しかもブログまで書いている私がいる。
私のブログを読んでくださる人たちにとって、隆志ちゃんは一見何の関係もない人だけど。
きっと私は、『もしかしたら一生会うことはなかった人たち』に出会わせてもらったんじゃないかな。
それって結構すごいことだと思いませんか。

 

人と人をつなげる才能がずば抜けているって思いませんか。

 

今、その彼がまた誰かの人生を1260°くらい変えようとしています。
もっともっと人が変わる瞬間を見たいって。
人と人をつなげて、そのみんなを笑顔にしてやろうって思ってるみたい。
具体的なことをちゃんと話したわけじゃないけど、彼ならできるかもしれないな…いや、やるだろうな。


隆志ちゃん!
応援してるで!
なんか知らんけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あっ画像間違えちゃった。


kawarasista.hatenablog.com








 

運がいいとか悪いとか

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こんばんは。
前回のブログから、数件のお問い合わせをいただいております。
やっぱり女性は元々スピリチュアルを受け入れる素地があるんだなあ。
神託を受ける巫女も、『女』っていう字が使われているもんね。

 

umico-mare.hatenablog.com

 

ただね、算命学を使って仕事をするなら、これだけはしないでおこうと誓ったことがある。
それは運がいい時期、悪い時期という概念で話をしないってこと。
今はこうしないほうがいいよ、ああしないほうがいいよ、と縛らないってこと。

 

ちょうど私が離婚すべきかしないでおくべきか悩んでいた頃ね。
知人の紹介で、未来が見える人ってのに会ったことがあって(めっちゃ胡散臭いでしょ)
その人はちょっと悩んで、『離婚しないほうがいいよ』って言ったの。
じゃあ離婚したら何が起こるのか聞いてみたら、『その人の将来を変えるようなことは言えない』と返ってきた。(もう胡散臭さMAX)

 

でも、今ならこう思う。
その人に私の未来が見えようが見えまいがどうでもよかった。(本当に見えてたのかもしれないけどね)
あの時、決断してよかった。
大変なこともいっぱいあったけれど、今の私が好きだから。
経験してきたことのすべてが私の血肉となっているし、たくさんの人と出会った。
反対に、もし離婚していなくても、違う種類の学びと出会いがあったんだろうなって思う。
痛い、恥ずかしい、辛い思いはしなくてもいいけど、したらした分だけ成長の糧になる。

 

運なんてものは自分が引き寄せたり作り出したりするもので、他人が持ってきてくれるものじゃないんだ。
今は運がいい時期だって言われて喜んだとしても、自分が動かなきゃ何も起こらず一日が終わる。
この人との相性は最高だよと言われて安心していたら、いつの間にか努力の人にかっさらわれることだってある。
決めなきゃ、動かなきゃ、自分で。

 

そのためにも、自分がどういう人間なのかを知ることって大事。
きっと私にできるのは、動く方向のヒントを耳打ちすることだけなんだと思う。

 

 

私という宇宙

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私ね、まだ20代の頃、自分が何者かを知りたくて知りたくて。
色々探し求めた結果、ある占いというか、学問にたどり着いたのね。
それが『鬼谷算命学(きこくさんめいがく)』っていう世界。
人間を一つの宇宙に見立てて、どんな星を持っているのか、どんな配置なのか、星の組み合わせはどうかをいろんな角度から見ていく。(あああ~引かないでくださーい)

 

単なる相性占いとか、そんなんじゃなくて。(簡単な相性とかは占えるけど)
自分という人間の本質やまだ見ぬ可能性を知って、最大限に活かすための取説っていうか地図を手に入れる、みたいな。

 

その私専用の取説によると…

 

私の本質世界は一言でいうと『灯』
太陽のまぶしい光じゃなくて、人間がともすろうそくの小さな灯りなんです。

 

これを知った時、すごくうれしかった。
なぜならそういう人間になりたいと思っていたから。

 

例えばたったひとり真っ暗な闇の中にいたとして、小さな灯りがもたらす安心感。
それを誰かに差し出せる存在になりたかったから。

 

他にも…
二面性があって、精神世界の葛藤が強いとか
医療や癒しの世界に向いているとか
外科医の素質がある(つまり毛がフサフサの強心臓)とか
ロマンチストで夢見がちとか
芸術や文学の才能があるとか
不思議と周囲の人から可愛がられるとか

 

我ながらこう、なんていうか…がっつり地図を生かした人生歩んできてるよねって感じで。
しかも私には歴史・アンティーク・占いのような古いものに関係した世界も合っているようなので、将来的には算命学を駆使したカウンセリングもいいな…と薄ぼんやり考えていたりして。(小声)

 

あなたはこうだからこう!
私の言うことを聞かないと悪いことが起きるよ!
っていう縛りや脅しがなくて、あなたにはこんな可能性やあんな可能性があるんだよっていう、柔らかい世界だなあって思ったの。
そう、みんな年を取りたがらないけど、本来年を重ねるってことは可能性がどんどん広がっていくってことなんだよー。(これは声を大にして言いたい)

 

あ、ここだけの話ですが、興味のある人やこれから会う人なんかは、傾向と対策を知るためにその人の宇宙をのぞかせてもらったりしています。(生年月日がわかる人に限り)
ごめんあそばせ~うふふ♡